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Oct.19.2009 早速のご回答、ありがとう。


 AUTO SPORT

 

 


http://as-web.jp/autosport/topics_info.php?no=205

一般的に、カジノでの勝率や寺銭や賭金の範囲は明確なので、知らないとすれば単なる無知だ(念のために注釈しておくが、たとえ話なので、この「無知」はレース界の事情の意味)。VIPルームの最低賭け金が100万円なら100万円で一発勝負に賭けるか、1万円ずつ張れるテーブルでじっくりと勝負するかはギャンブラーの自由だ。
もちろん、ギャンブルの嫌いな人はカジノに来なければ良いだけの話で、ここでは何も強要されないし全て本人次第の自己責任の世界だ(念のために注釈しておくが、たとえ話なので、この「自己責任」はレースへの参加の意味)。
テレビゲームとの最も大きな違いは、実際に破産もするし億万長者になることもあるという点だが、テレビゲームはポケットに一銭もなくても楽しめるが、それではカジノでは何も始まりはしない。
ギャンブルも将来への希望も、つまり、何を賭けて何を得たいのかが原点であり、寝て待っているだけでは、ほとんどの場合どんな夢も結実はしない(念のために注釈しておくが、つまり、夢を成就させるにもそれなりの原資は必要という意味で、F1を目指すには、まずF4を十分な体制で戦えるだけの環境の構築ぐらいはできなければ夢を見る資格も無しということ)。

(あ)の主張を要約すると、「中古だらけで安くできるレースをかき回すな」、「こんなレースでも勝ったらただでステップアップさせろ」という、はなはだ身勝手な話に聞こえるが、最も重要な、そのステップアップに要する原資の捻出方法に言及されていないから不明ながら、FCJもF3もFNも、すべて自動車メーカーにおんぶに抱っこで成り立っている現実くらいは理解しているんだろ?
またぞろ、一つ覚えの「ドライバーの育成」を錦の御旗に、自動車メーカーにすがるという話なら、自動車レース産業を発展新興させて自主独立の経済構造の確立を願う私の基本理念とは180度も目指すところが異なるので、いくら話をしても無駄だろう。
歳を食った自動車メーカーの妾連中(念のために注釈しておくが、たとえ話なので、この「妾連中」は日本のレース界の人たちの意味)が、スクラム組んで若い女(念のために注釈しておくが、たとえ話なので、この「若い女」はF4への新規参入企業の意味)の参入を阻止しょうと盛り上がっているが、その若い女は、さらさら自動車メーカーの囲い者になる気などはなく、せっせとスキルアップに努力して起業を目指しているという話で、歳を食った妾連中は、もうそこが老人ホームになっていることにさえ気づいていないという笑い話だ。(念のために注釈しておくが、たとえ話なので、この「老人ホーム」は古いF4および自動車メーカー頼りの現状に満足する旧態依然の日本のレース界の人たちの意味で、そこがもう墓場に近いということさえ気づいていないという話)。

何をするにも金はかかる。その原資を何によって生み出すかが事業にとっては最も重要な課題なんだから、「中古だらけで安くできるレース」のどこからその原資が湧いてくるというのだ?何を根拠に資金の循環が起きるというのだ?
我が国ではドライバーは特別な存在だから、「ドライバーになってあげようという私を支援するのは当然だ!」という特権意識から自動車メーカーにすがったり、企業はスポンサーすべきだと思うのは勝手だからそれなりに努力すればいいが、そのように、自動車メーカーに金をせびるのが唯一の生きる術と思っているから、日本の自動車レースは「ドライバーの育成」しかなくなったのだ。

そもそもF4は、本来は貧乏なドライバーのためにできたカテゴリーではないだろ? それよりも、コンストラクターが製品を販売して利益を得るために創立された、いわば、自動車メーカーの庇護から外れた自主独立系のカテゴリーではなかったのか?
自主独立ということは、コンストラクターはシャーシを、エンジンチューナーはエンジンを、エンジニアは技術を売ってビジネスを成立させ、ユーザーはそのコストパフォーマンスに満足すれば参入するという、しごく一般的な経済関係が成り立たなくてはならない。
つまるところ、いくら貧乏なドライバーでも素人がただではレースに出られないし、何らかの対価を支払うことになるが、常識的に考えれば、本来は、その対価の範囲内でF4レースという事業が成立しなければならないはずだ。
なのに、このように安い中古だけでよいから新型車は出すな、勝者にはただでステップアップのおまけを付けろ、などと言い出すと、またぞろ、コンストラクターのビジネスは度外視、ステップアップの原資は自動車メーカー頼りと、結局、FCJやF3やFNと同じ穴の狢になってしまうことに考えが及んでいるのだろうか?

産業構造を崩壊させ、自動車レースの本質を捻じ曲げる「ドライバーの育成」はもう結構。私の言いたいのは、自動車レースは、コンストラクターやエンジンチューナーやエンジニアやメカニックやサーキットやオーガナイザーやタイヤなどの関連産業が混然一体となって構築されている世界であり、それらの人たちの育つ環境を無視したようなドライバー目線からのみの傲慢なわがままは聞き苦しいし、その結果が、すべてのフォーミュラを輸入に頼るレース産業度外視の現状であり、自動車メーカーに頼ってしかレースの成り立たないコバンザメのような現実だということだ。
その、日本の自動車レース界の自主独立の試金石ともなり得るF4の発展新興に向けたJMIAの取り組みは、大変な時間と費用を投入し、大勢の志を同じくする人たちの努力によってなんとか前向きに進められてはいるが、個々の負担は少なくない。
昨年来の不況の嵐は、当然、レース産業の世界でも吹き荒れている。そんな過酷な状況下に新たなる先行投資を伴うF4へのアプローチは、我々にとってもいろいろな面で負担は大きい。
そんな時に、唯一の自動車レース専門誌から、的外れで批判的な評論を頂くのは大変に心外だし意欲も削がれる。
しかも、この回答は、どんな事業においても最低限明確にすべき金の流れについて全く言及していない点で単なる愚痴でしかないし私の質問の答えにもなっていない。また、この回答を読んで来年からのF4に光明を見出す人もいないと思うから論議の余地はなし。

こんな、足下の、しかも靴の裏しか見ていないような視点では、自動車メーカーに外国製のレーシングカーを買ってもらって(FCJ)腕を競い合ってF3までたどり着いた時には、日本のレース界にはドライバー以外のインフラはすべて衰退していて、ドライバーが走り回るだけのFNは、今まで支えてきた自動車メーカー自身が意義を見失って消滅しているは(可能性90%)、外人に頼り疲れた自動車メーカーはすべてF1から撤退していて、日本人だからという理由だけでF1に乗れるチャンスは無くなっているは(可能性100%)、頼みのGTは、技術基盤を無視した何でも有りが行き過ぎて衰退傾向にあり、台数が減ってシートの奪い合いは熾烈を極め、結局、持ち込みでGT300にしがみついていたりして(可能性70%)、そんな脆弱なレース環境に「誰が日本の自動車レースを崩壊させたんだ!僕はどこに向かえばいいのだ?」と途方に暮れる「育てられた」ドライバー達の悲鳴は想像の外なんだろうな。

1960〜70年代のFJは、多数のコンストラクターが覇権を競い合い、多数のドライバー達が栄冠を求めた登竜門となっていた。中野信治や脇阪寿一や道上 龍や佐々木孝太等の現在のトップドライバーの親父たちが熾烈な戦いを繰り広げていた。そこから生み出されたのは、現在の日本の自動車レースを支えるほとんどの人材や企業や技術力などのインフラであり、まるでビッグバンのように全てを創造していた時代があった。
しかし、そのパワーの原動力は、日本グランプリに代表されるビッグレースへの憧れであり、また、脇阪や中野の親父連中は、成功すれば、川合 稔や福沢幸雄などのように歌手やモデルと付き合える事を夢見てアクセルを踏み続けていた。
だから、現状において、単に底辺レースをいくらお膳立てしても、このような輝ける頂点無くして誰も命がけで取り組みはしないだろう。F4などの仕掛けと同時に、この輝ける頂点も再構築しなければならないし、この両者の適当なバランスによってのみ健全な自動車レースの世界が成立するのだろうし、世界との交流を考えれば、FIA-GTやルマンの導入も図っていくべきだろう。
JMIAでは、これらのすべてに関与を深めつつあるし、F4はその中の一部分にしか過ぎないが、FJ時代への郷愁もあり、直接的に技術が競い合える唯一のレースとして、理屈抜きに気分がわくわくしていて、とっても楽しみにしている。
まあ、親父連中の現場復帰みたいなノリも否めないが、自動車レース雑誌の編集長たる者、自動車レースを愛しているのはドライバーだけではないし、自動車レースがドライバーだけのために存在する訳ではないし、ドライバーが走るだけでは産業として成立しないことくらいは理解しておいたほうがよいだろう。

林みのる