Sep.15.2010 走ることのない発展型S102の完成

S102 WT

S102 WT

S102 WT

2週間前、林みのるがS102による独自のルマンプロジェクトの中止を決断するまで、童夢では予定通りS102の開発が続けられていました。
2009年ルールで義務付けられた1.6mリアウイングや楕円形断面のスキッドブロック等、レギュレーションの変化に合わせた開発だけでなく、小さな1.6mリアウイングとなって、リアウイングに大きな迎え角を設けることが求められるようになったため、リアウイング下面の気流の剥離を抑える“スワンネック”等が次々と開発されていました。

1.6mリアウイングによって、約4%空力性能は低下します。
小さいリアウイングが発生する限られたダウンフォースを出来る限り活用するため、童夢では新たにリアフェンダー後方が大きく盛り上がったリアボディの開発が進められていました。何度も風洞実験が行われ、大まかなカタチが決定されるまで、10数種類の違ったリアボディがデザインされることとなりました。
そうして空力性能の低下を約1%に抑えることに成功しました。

2010年ルールとして「マシン後方から見て、マシン内側の機械的な部分が見えてはならない」と言う項目が追加されています。このルールは、タイヤハウス後方の開口部を対象にしたものと考えるべきでしょう。
通常マシンのテイルエンドにスリットを設けて、内側が見えるのを防止しますが、ACOは巧妙にも、「スリットを設ける場合、左右対称で、直線で構成され、外に向かって下向きであること」と規定しています。
新しいスリットのレギュレーションの難しさは、方向が下向きであること、そして、直線で構成されることの2点です。

マシン後方の空気の流れは、下から上に向かうのが理想です。ですから、下向きのスリットを設けることは、空気の流れを乱してしまいます。
また、雨の日に走るレーシングカーを見ると判り易いと思いますが、マシン後方の空気の流れは、大きな渦を巻いています。つまり、慎重に空力開発を行うのであれば、スリットは直線で構成するのでなく、渦に合わせた円形である方が適している可能性もあるでしょう。
テイルエンドにスリットを装着した場合、何もしなければ、約1%空力性能は低下すると判断されています。

この様な条件から、ライバル達の中には、レギュレーション解釈の違いを主張して、円形のスリットをデザインしたり、上向きのスリットを仕立て上げた方も居る様ですが、それでは技術開発になりませんから、童夢は下向きかつ直線で構成されるスリットの開発を進めていました。
スリットの枚数が増えると、その分ドラッグが増えるため、テイルエンドを塞いでしまったライバルも居るようですが、童夢は、タイヤハウス部分上部に開口部を設けたデザインを編み出しました。

これらの空力開発は段階的に行われていましたが、8月末までに総ての最終的なデザインが完成しました。
そして先週、風流舎においてS102の最後の風洞実験が行われました。

写真をご覧になると明らかですが、リアフェンダー後方が大きく盛り上がったリアボディを持っています。後方に回ると、タイヤハウス後方のテイルエンドには、下向きの大きなスリットが設けられています。
最初、この状態で風洞実験は行われ、一応の空力性能を確認しました。
スリットによる空力性能の低下は、無視出来る範囲に抑えられました。

2011年ルールにおいてACOは、高速域でスピン状態に陥るのを防止するため、リアカウル上に垂直尾翼の装着を求めています。2008年LMSモンツァでORECA、ルマンでプジョーが高速でスピンしたことによって、空を飛ぶアクシデントを起こしたことへ対応したルールです。
現在のところ垂直尾翼のルールは曖昧ですが、上端が路面から1,000mm以上、前後方向についてはリアバルクヘッド部分からリアタイヤ後端までとする方向で話し合いが行われています。垂直尾翼上部は路面と平行である規定もなく、垂直尾翼下部の形状についても規定はありません。つまり面積の規定はありません。
既に童夢は、このような垂直尾翼を設けることで、大きな空力性能の変化は無いことを確認していました。つまり、その確認に過ぎない訳ですが、一応ACOのルール通りの寸法で造った垂直尾翼を装着しました。

風洞実験の結果、予想通り、垂直尾翼を取り付けても、空力性能に大きな変化は無いようです。この垂直尾翼は、高速域でスピン状態に陥った時に能力を発揮するアイテムです。影響があったら問題です。
日曜日になってACOは「2010年までに造られたLMPカーをアップデイトして2011年にACOイベントに参加する場合、垂直尾翼の装着を免除する」旨を発表しましたから、もう数日早くACOが発表していたら、垂直尾翼を取り付けた風洞実験は行わなかったかもしれません。

2週間後、今回の風洞実験と同じボディを組み合わせた発展型S102が完成しますが、2週間前林みのるが発表したように、残念ながら今後、発展型S102が実戦に登場する機会はなさそうです。

鈴木 英紀