林みのるとしては、本人はデザイナーのつもりでいますし、そのような創造的な能力には年齢的な限界があるとの持論から、かねてより「70の声を聞いて仕事はしない」と宣言していましたから既定路線ですが、童夢そのものの将来については明確なイメージを持つに至っていませんでした。
現在、近代的なレーシングカーを開発するには、かなり大掛かりな施設や設備や人材が必要ですが、わが国には、それを維持できるだけの環境は有りませんから、日本におけるレーシングカー・コンストラクターというのは、言わば、アフリカでストーブを売ったり南極で冷蔵庫を売るに等しい困難な事業です。
童夢は後半、50%スケール風洞実験設備やカーボン・モノコックの製造会社を擁して、総従業員数も200名に迫っていましたが、これは、わが国で、何の後ろ盾も無く、自社製のレーシングカーを開発してルマンに参加するために構築された必要不可欠な「システム」でした。
しかしこれは、先進のレーシングカーを開発するためには先進の技術が必要と言う当たり前の原理原則を追求してきた結果、それがちょっと先走りをしていたおかげで、その後、さまざまな産業からのニーズが追いついてきた結果であり、つまり、このシステムを構築してきたのは「先走り精神」ですが、カーボンの会社を作るときも風洞を作るときも米原に新社屋を建てる時も、成功率から言えば、ルーレットの赤か黒を5回続けて当てるくらいの確率でしたから、こんな荒くたい勝負は誰にでもできるものではないと思っています。
現在の童夢の技術も、常に新たなる先進技術に「先走り」していかないと、たちまち陳腐化してしまい、このシステムも崩れていきますから、つまり、いつまでもルーレットに賭け続ける勝負をしていかなければならない訳であり、また、常に勝っていなければ崩壊してしまう訳ですから、手前味噌では無く、このままの形の童夢を継承できる人材は居ないと断じていましたので、基本的には、収束、清算の方向で考えていました。
その為、かなり厚着になってしまった重ね着を一枚づつ脱ぐように、子会社や風洞の売却を推進してきましたが、そうこうする内に、それでも最終的には、童夢に、かなりの資産(金品というよりは、人や知財権やノウハウなど)が残ってくることが解ってきましたし、そうして、童夢のエッセンスだけを凝縮したような身軽な形なら、適切な後継者が居れば継続していく事も可能だと思えるようになってきました。
そうなると、私としては、かねてより日本のレーシングカー・コンストラクターの灯を消してはならないとは思い続けていましたので、いつしか、継続も視野に入ってくるようになっていました。
そんな頃、以前から童夢の継承を希望していた信頼のおける古くからの友人から具体的な提案がありましたので、ここ2年ほど協議と検討を重ねた結果、継承は可能であると判断するに至り、来春から共同で移管の準備を始め、2015年7月15日を目途に童夢を譲渡することを決定いたしました。
その継承者である井川高博君は、付き合いが古いだけに、その人となりは熟知していますし、自らもSFJやF4を駆っていくつかのタイトルを獲得しているほど自動車レースが大好きですし、10年も前から「もし、私が自由な立場なら童夢の後を継ぎたい」と言い続けてくれていましたし、何よりも、童夢を支え続けられる資金力を持っていましたから、私としては、もし継続を考えるとしても、後継者は井川君しか考えていませんでした。
もともと私はストレートな性格なので単刀直入に言わしていただければ、このように凝縮された童夢であっても、日本でレーシングカーに係わっていく以上、安泰なんて有り得ないし、続けていくからには相当の波風も予想せざるを得ません。
そんな波の谷間も乗り切れないようでは、ちょっとした困難な状況に遭遇しただけで倒産してしまいかねませんし、いくら適材であっても、資金力の裏付けのない人に童夢は任せられませんが、その点においても井川君は合格でした。
現在、その井川君は、着々と、かねてからの夢であった海外を中心とした事業の立ち上げにまい進していますから、童夢に常駐して指揮をとると言う経営者としての立場では無く、オーナーとして、経営を指揮する人材を投入して運営に当たると言う形になりますが、この形が安定的に機能するようになるまでの3年間くらいを目途に、現在の体制を維持しつつ、確たる次世代の運営体制を構築していきたいと考えています。
もう既に準備は進めつつありますが、本格的には2015年1月から半年間、私と井川君で全権委譲に向けての準備を進め、予定通り、私の60代の最後の日となる2015年7月15日までに全権委譲を実施したいと思っています。
なお、井川君の会社からの出向として臼井里会が取締役として加入します。海外に住む井川君の眼となり口となり手足となる役目ですが、臼井里会は、レース界での人脈に厚く、また、私とも井川君とも旧知の仲ですから、MOTUL並みの高性能潤滑油として機能してくれるものと期待しています。 |